6.6倍の優位はタダではない
水星軌道(0.39 AU)の太陽光フラックスは1 AUの6.6倍だ。単位面積あたりの効率は圧倒的。しかしミラーの反射率は100%ではない——吸収されたエネルギーがミラーを殺す。
吸収熱と平衡温度
反射率90%のミラーが吸収するエネルギーと平衡温度(Stefan-Boltzmann、背面放射率 ε=0.5 — Alコーティング反射面ではなく非コーティング放熱面の値。放熱面の放射率がこれより低ければ温度はさらに高くなる):
| L5 (1 AU) | 水星軌道 (0.39 AU) | |
|---|---|---|
| 入射フラックス | 1,361 W/m² | 8,940 W/m² |
| 吸収量 (10%) | 136 W/m² | 894 W/m² |
| 平衡温度 | ~−10°C | ~150°C |
90〜150°C自体は金属が耐えられる温度だ。しかし問題はその次にある。
正のフィードバックループ(Thermal Runaway)
150°Cではコーティングの劣化が加速する。Al-基板間の相互拡散(interdiffusion)はArrhenius法則に従い、温度に対して指数関数的に増大する。
反射率 90% → 894 W/m² 吸収 → 150°C
↓ コーティング劣化
反射率 85% → 1,341 W/m² 吸収 → ~190°C
↓ 劣化加速
反射率 80% → 1,788 W/m² 吸収 → ~230°C
↓ Al-基板相互拡散の臨界点突破
反射率急落 → ミラー死亡
L5で同じ5%の反射率低下が起きたら? 追加吸収68 W/m²。温度変化はわずか。フィードバックループは発動しない。
CMEが引き金を引く
太陽風密度は距離の二乗に反比例する。0.39 AUでは1 AU比で約6.6倍。
より大きな脅威はCME(コロナ質量放出)だ。0.39 AUではCMEがまだ拡散しきっておらず、エネルギー密度が集中した状態でミラーに到達する。たった一度の強力なCMEがコーティング表面をスパッタリングすれば → 反射率低下 → 熱暴走に突入。
参考:MESSENGER探査機も水星軌道ではセラミック製サンシェードなしでは生存不可能だった。
運用現実の比較
| L5 (1 AU) | 水星軌道 (0.39 AU) | |
|---|---|---|
| 平衡温度 | −10°C(安全) | 150°C(劣化領域) |
| 反射率5%低下の影響 | +68 W/m²(無視可能) | +447 W/m²(熱暴走開始) |
| CME耐性 | 高い | 低い(6.6倍の密度) |
| 予想交換サイクル | 数十年以上 | 数年〜十数年 |
| メンテナンス物流 | L5産業クラスターのすぐ隣 | 別途の保守インフラが必要 |
一言まとめ
水星軌道での反射率5%低下は出力5%減少ではない——ミラーの死が始まる合図だ。L5では丸め誤差に過ぎない。
